大酒飲み
◆独り言、雑感/◆COCKTAIL
ネクタイは外しているが、上質な千鳥格子のジャケットと時折袖口から
覗いて見えるカフスのせいだろうか普通のサラリーマンの雰囲気ではない。
灰皿の必要もない男である。
ベルモット・カシスを立て続けに二杯飲み干した。
フランスでは、ドライベルモットもカシスも国民的なお酒である。
この人気者のカクテルは別名を“POMPIER(ポンピエ)”と
呼ばれ、消防夫、大酒飲みなどの意味でもてはやされている。
「俺は大酒飲みだ。賢い男は愚か者たちと行動をともにするためには、酔っ払ってなきゃならん。」
――――『誰がために鐘は鳴る』
酒場では酔払いの自己弁護が多く聞かされるが、
酒飲みがもっとも嫌うのは、理由なき酔払いである。
三杯目のグラスを用意していると、男はバーテンダーにカカオフィズと
低い声で言ってきた。
しかも、甘くなく仕上げなければならないようだ。
ゴードンジンとレモンジュース、砂糖を抜いてカカオリキュールを1tspだけ。
カカオはボルスとキューゼニアで迷ったがキューゼニアにする、仕上げのソーダは
ウィルキンソンで素早く。
多くのカクテルブックに紹介されているリキュールベースの
フィズは日本のローカルレシピである。
砂糖抜きのジンフィズに好みのリキュールで香り、甘みを追加するやり方は
日本のそれと比べて辛口になるが欧米ではスタンダードであるらしい。
ホテル時代には、アメリカ人やイギリス人の来客があると何度となく作らされたものだ。
バーテンダーがグラスを置くと、男は少しだけ頷き、三口でグラスを空にして立ち去った。
結局、彼が大酒飲みどうかは判らなかった。